Published at Sat 28.Jun.08 13:12
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写真はiPhoneにて。←カメラを持ち歩いていない今日この頃
昨夜は、お誕生会に行ってきました。お誕生会。いい響きです :-)
最近はときどきお目にかかっているとは言え、かつての同僚たちとこうして(仕事以外で)会えるのは嬉しいことであります。それぞれが今までとは(多少也とも)違った場所で働いているんだなぁ と思うと、なんだか感慨深いものがありました。
違う場所と言えば、当日の会場は主賓と会を切り盛りした幹事さんたちの新しいオフィス。これがまた、スーテーキー!新宿の夜景一望のテラス付き! こんなテラスがあったら家飲み必至だね。冷蔵庫にビール常備するのも分かります。食い(飲み)ちらかして帰ってしまってスミマセンでした…。片付けも大変だったことでしょう…. でも、楽しかったです!ありがとう(そしておめでとうございました)!
と、めでたいハナシのついでのように書くのは憚られるのですが
昨日は、そちらにいく前に諸々用事を済まそうと早めに家をでて横浜駅まで(もちろん徒歩で)。その途中、飛び降り現場に出くわしたりして。
死にたいヒトに「なんで」なんてワシは聞かない。けど、そのコトはローカル新聞にも取り上げられず、当人を知るヒトとその場を通りがかったヒトにしか知られる事がないのか と思ったら、なんだかホントーにつまらんことのように思えて来た。
死んだヒトがつまらないっていうのではなくて、死ぬことがね。生きてりゃいつかは死ぬんだし。
まぁ、いちいち自殺者を新聞に載せてたらキリがないんだろうけどさ。
生き存える。あるいは生き長らえる。成長という言葉とよく似ているなぁなんて。
* * * * *
そんで、そのあとに”かつていっしょに働いていた”ヒトビトに会って、彼らが今もそれぞれに働いているのを見て、聞いて、なんとなく思う。
生きていく事と、働く事。もちろんそれは、どこかに属してサラリーをもらうことだけでなく、家事をこなして家庭を支えるひとの「働き」みたいなものも含めて−−−ほとんど同義なのか とも思えて来たり……するのは、働き盛りの年代だからなのか。
それがシステマティックなものだとしても、それでいいじゃん と思えてきた。つまんなかったら、面白くすればいい。お金がなくても夢を見るのはタダだし。メシが食えないならどうしたら食えるか考える。アタマはそんなときのためにあるはず。少なくとも高いとこから落ちるための錘りじゃないだろ?
まだ新しい真っ赤な血溜まりは、思ったより小さくて。それが悲しかった。

テラスにて…. iポンなんで…ブレボケ+ノイズ過多でお送りしました
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